村 上 市

古くから県北の城下町として栄え、瀬波温泉をはじめ、恵まれた自然と歴史が生み出した伝統・文化を誇る観光文化都市。   東には磐梯朝日国立公園を望み、西は白砂青松の日本海に面し、市の中心部には『母なる川・三面川』が静かに流れる。   村上城跡のある臥牛山を中心とした旧武家町・商人町の町並みは、自然と歴史が調和した文化薫る風情を、今に残している。

瀬波温泉

露天風呂

瀬波温泉は明治37年に石油試掘中に噴出した温泉で、まっ青に澄んだ日本海と砂浜、緑豊かな松林の美しい海岸線が続く、風光明媚な温泉です。
海水浴場もすぐ近くにあり、旅館やホテルから水着姿でとんでいけるほど。夏の瀬波温泉は家族連れにもぴったりです。
そして冬の瀬波の魅力は、寒さと共にその旨さを増す日本海の幸。もちろん、地酒、コシヒカリのご飯も絶品。雪景色の中、心までも温まるような湯につかり、美味に舌鼓。冬ならではの瀬波の魅力です。

<写真協力 会員:佐藤 久也>

村上大祭(新潟県指定無形文化財)

新潟県三大祭りの一つ村上大祭は、村上伝統の堆朱や金ぱくなどで飾ったおしゃぎり屋台が練り歩く勇壮なお祭りです。
西奈弥羽黒神社社殿が寛永10年6月7日、臥牛山の中腹から現在地へ遷座されたことをお祝いして、大町の人たちが大八車に太鼓を積んで町じゅうを練り回したのが、村上大祭の始まりと伝えられています。
この祭りは、三基の神輿に御神霊を奉遷し、荒馬十四騎と稚児行列を先頭に町内を巡行する「お旅神事」ですが、圧巻はその後に続く十九台のオシャギリ(屋台山車)です。オシャギリは、見事な彫刻を施したもの、村上伝統の堆朱・堆黒の粋をこらしたものなど絢爛たる美しさです。

臥牛山

 村上駅の東方、標高135mの臥牛山は、その昔村上城があったことから、「お城山」と呼ばれており、村上城跡があります。この山は、市内を一望できる眺望の素晴らしさはもちろんのこと、春の桜、夏の緑陰、秋の紅葉、そして冬の雪化粧と、四季を通して美しい自然を満喫できる市民の憩いの場となっています。
  平成5年6月8日に、国の史跡指定を受けました。

<臥牛山より村上市を撮影>

雅子様ゆかりの地

 雅子妃殿下と村上とは、とりわけ深い関係があります。小和田家の先祖は、旧村上藩主内藤侯(5万石)の藩士で、雅子妃殿下の本籍地は、ご成婚まで村上市本町(現在の飯野一丁目)にありました。また、ご一族のお墓も西眞寺(寺町)本悟寺(細工町)にあります。
  三面川は、世界初の鮭人工増殖「種川の制」を創設したことで知られていますが、この鮭増殖事業による育英制度で、旧藩士の子弟は学問に励みました。雅子妃殿下のご祖父毅夫様も村上鮭産育養所の奨学金で学んだ「鮭の子」のひとりです。
  また、まいづる公園内の旧嵩岡家住宅は、復元される以前は村上市新町にありましたが、この住宅の旧所有者宅は雅子妃殿下のご祖母静様の父方の実家にあたります。

村上茶

茶は、年平均気温が11度(C)で栽培の北限とされていますが、経済的に茶の栽培がひきあうのは、茨城・栃木・群馬・新潟の四県を結ぶ線の以南といわれています。村上地方は新潟県でも最も北端に位置しており、村上茶は集団的に栽培されている『北限の茶』なのです。
他産地にくらべ寒い冬の季節が長く、年間の日照時間が短かくなっているため、炭酸同化作用がおだやかで渋味の素であるタンニンの含有量が少なく甘味が強く感じます。
村上茶が初めて栽培されたのは1620年徳川時代のはじめ、村上城主堀丹後守の時代で大年寄徳光屋覚左衛門が当地方に主な産業のないことを憂い、この茶を産業として興すことを思いたち宇治伊勢から自費で茶の実を購入し播種したのが始まりといわれています

<写真協力 会員:瀧波重平>

 

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