ロータリーとは

ロータリーは、世界中の事業および専門職務に携わる指導者からなる世界規模の組織で、人道的奉仕活動を行い、職業における高い道徳的水準を奨励し、世界中で親善や平和を築くための助力をしています。およそ120万人のロータリアンが、166カ国に存在する31,000以上のロータリー・クラブに所属しています。非政治的、非宗教的な人道的組織で、1905年に創立されました。
 ロータリー・クラブは、貧困、飢餓、識字不能、薬物濫用、汚染などの重要な問題と取り組む多様な奉仕プロジェクトを実施します。
青少年への奉仕は主要な強調事項の一つです。明日のリーダーと一緒に、また彼らのために活動し、ロータリーは、若者や若い成人の奉仕クラブを提唱し、職業開発や指導プログラムを提供しています。

2004-2005年の会長はグレン E. エステス・シニア氏(Glenn E. Estess Sr.)。

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ポール・ハリス (略歴)

ロータリーの創始者。ポール P.ハリス(Paul P. Harris)
Paul Percy Harris 1868年4月19日、シカゴ市の北にあるウィスコンシン州ラシーンで、ジョージ・ハリスとコーネリアの二男として生まれる。3歳の時両親が破産し、兄とともにバーモント州ウェーリングフォードに住む祖父母に養育される。
1885年バーモント大学で新入生いじめの仲間という濡れ衣で退学処分を受けるが、後日大学は過ちを認め名誉博士号を授与している。
1887年19歳で名門プリンストン大学に入学するが祖父の死に合い、大理石会社で1年働く。
1889年法律事務所で法律を勉強しアイオワ大学法律学部に入学、1891年23歳で法律の学位取得して卒業。その後5年間各地で様々な職に就き見聞を広める。
1896年、シカゴで弁護士を開業。
1905年2月23日の夜に他3名と世界最初の奉仕クラブ「ロータリー」を創始した。創始3年目にクラブ会長となる。
1910年7月2日夫人ジーン・トムソンと結婚。ハリス42歳。
1912年8月「全米ロータリークラブ連合会」を結成、初代会長となる。1922年には「国際ロータリー」と改称。
シカゴ郊外に居を構え夫人の郷里の街の名をとりカムリー・バンクと名づけ、生涯の居とした。
旅行に多くの時間を費やし、頼まれて夫人と共に世界各国を何回も回り毎年の国際大会、地域大会、地区大会などで多くの講演を行い、生涯をロータリーの発展に捧げた。
「国際ロータリー」の初代会長にして、1947年78歳で逝去したときは名誉会長であった。シカゴ市マウント・ホープ墓地に眠る。

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ロータリーの誕生とその成長

今日、ロータリーは奉仕と国際親善への献身的な活動により世界中によく知られています。しかし、1905年にポール P ハリスがロータリーを創設した時には、奉仕により、世の中を変えて行くことは殆ど考えていませんでした。ハリスは米国、イリノイ州、シカゴの弁護士でしたが、生まれはバーモント州の田舎村でした。彼が心の中で描いていたのは新しい形の専門職業人のクラブであり、そこで彼が幼年時代に体験したような仲間意識と友情の火を灯すことでした。
1905年2月23日、ハリスは、石炭商のシルベスター シール、洋服屋のハイラム ショーレイ、鉱山技師のグースタブス ローアなど三人の友人を招いて、シカゴのダウンタウンのユニティ ビル711号室にあったローアの事務所に集まりました。ハリスは、事業の指導者が定期的に会合して仲間同士の親睦を楽しみ、実業家、専門職業人の知り合いの輪を広げようと提案して皆がそれについて話し合いました。クラブは毎週会合すること;会員は夫々の業界や専門職種から代表の一名に制限することなどを話しました。その晩はロータリーという言葉は使われませんでしたが、その集まりは一般的に最初のロータリークラブの例会として見なされるようになりました。
会合を重ねるにつれて、会場は会員の仕事場の持ち回りになり始めました。そこからロータリーという名前がつきました。印刷屋のハリー ルグルスが五人目の会員として参加した後で、このグループは正式にシカゴ ロータリークラブとして結成されました。クラブの最初の徽章だった馬車の車輪の図案から現在ロータリアンが世界中で使用しているお馴染みの歯車の徽章が生まれました。
1905年末のクラブ名簿では会員数30名、シールが会長、ルグルスが会計でした。ポール ハリスは新しいクラブの役職を辞退しましたが、二年後に会長に就任しました。 会員数の増加につれて事務所での集会が難しくなったので、例会場を現在多くのクラブが例会を開いているようにホテルとかレストラントに移しました。
これらの初期のロータリーアンは仲間同士の親睦とお互いの自己満足だけでは多忙な専門職業人たちを毎週クラブ例会に惹き付けるには十分でないことに気が付きました。不幸な人達の生活の改善のために手を差し伸べることがより重要な動機つけになりました。ロータリーの奉仕活動は、1907年にシカゴRCが市内で最初の公衆便所を建設した時に始まりました。クラブのこの初めてのプロジェクトによりロータリーは世界で最初の奉仕団体としてのクラブになりました。
ロータリーの人気は全米に広がり始めました。二番目のRCは1908年にカリフォルニア州サンフランシスコに、三番目のクラブはカリフォルニアのオークランドに誕生しました。それからワシントン州シアトル、カリフォルニア州ロスアンジェルス、ニューヨーク州ニューヨークに続いて結成されました。ロータリークラブ全米協会が1910年第一回大会を開催した時に、ハリスは会長に選出されました。
その翌年の大会で“無私の奉仕”と“最もよく奉仕する者、最も多く報いられる”の言葉が語られ、ロータリーの標語になりました。
“無私の奉仕”は後に“超我の奉仕”となり、ロータリーの第一標語に採択されました。

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四つのテスト

ロータリアンの行動の指針として推奨されているもので、「規則」として取り扱ったり、 また、公共の人間関係をより高める場合を除いて、販売や利益を増すための広告に利用してはならないとされています。

言行はこれに照らしてから

  1. 真実か どうか
    Is it the TRUTH?
  2. みんなに公平か
    Is it FAIR to all concerned?
  3. 好意と友情を深めるか
    Will it build GOODWILL and BETTER FRIENDSHIPS?
  4. みんなのためになるか どうか
    Will it be BENEFICIAL to all concerned?
  Herbert J.Taylor 

1932年ハーバート・テーラーが倒産寸前の会社を救済する方法として創案されたもので、非常に効果的な方法であることがわかり、'43年1月RI理事会はロータリーに採用を決定、'46年テーラーがロータリーの使用権を認め、'54年に版権をRIに無償で移譲しました。

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